ややこしくさせている犯人(?)は、“児童エロチカ”かもしれない。

児童性虐待映像画像(児童ポルノという間違った名称がついているけど)は、最初のエントリに私はこう定義した。

ポルノという名称がコトをややこしくしているので、名前をまず変えて呼ぼうと思う。


「児童性虐待画像・動画」であり「ポルノ」ではない。よって表現物ではないです。


強かん・準強かん・強制わいせつ等だけじゃなくて、


実際に危害は加えられていなくても、何もわからない子どものときに、裸や下着姿にされて、グラビアモデルなみのしぐさをさせられて写真を撮られ、大人になってその意味に気付いてすごく傷ついた人もたくさんいる。


だけどこれも性的虐待のカテゴリに入るので、名前は「児童性虐待画像・動画」でいこうと思う。


で、この児童性虐待画像・映像に関しては、改めて整理すると、明らかに犯罪であるものと、そうでないものが混じっている。

1 強姦の画像・映像
2 準強姦の画像・映像
3 強制わいせつの画像・映像

4 危害を加えられていないけれど、性的なポーズ(全裸・半裸・下着・水着等)を撮影されたもの  ※上の引用の中で、太字の部分がこれにあたる。


1.2.3に関しては、犯罪行為であり、犯罪現場写真や画像であるのは明らかだろう。

では、4についてはどうかというと、
性的な意図があるかどうかが問題となってくる。親や身近な人・見知らぬ人であっても、性的な意図があれば性虐待だ。でもその「性的な意図があるかどうか」を判断するのがとても難しいし、性虐待であったとしても、犯罪として、罪としては裁かれにくい。


たとえば、小学校や中学校のプールで、見知らぬ人が写真やビデオを撮影していたら「変態だ」と思い通報されるだろう。どういう罪で裁かれるかは別として。かなり意味がなく、厳重注意で終わっていたりするのも現状だ。むしろ、こういう人を即、家宅捜索した方がよっぽど良いと思うのだけれど。


他人なら、第三者の目があれば(つまり目撃者があれば)通報できるけれど、問題なのは、家庭内の虐待は把握しづらい。これは虐待そのものが、きちんと把握できていないことが大きな原因だろう。把握できたにしても、罪としては裁かれないのが現状だ。近親かんもそうだが、性虐待に対応できる法律がないのだ。

それに、子どもを別個の人格を持った人間として、尊重した育て方をできていない人が多く、その意識も問題だろう。
  ※カリール・ジブランの「子どもについて」という詩が私はとても好きだ。こういう考えがもっと広がればいいのに。ネットでも出てくるので興味のある方は検索してください。


そして、商業が絡むと、4は「虐待なのかポルノなのか」の判断が難しくなってくる。

例えば、カメラマン等が自分の子どもを撮影したもの。保護者やその子どもの了解を得て撮影したもの。
http://homepage3.nifty.com/hirorin/loli01.htm でいくつか見て勉強になった。



※しかし、こちらのサイトの作成者様は日本の性犯罪率が低いと書いていて、そして検索上位にくるので、かなり困るなというのが感想。メールする手段も見つけられなかった。他にも、わんさかと、児童ポルノ法改正反対派の主張として、「性犯罪率が低い」というものがかなり多いので、それは違うと申し上げておこう。
実際に支援に携わっている人や、警察検察司法等では、性犯罪率にカウントされる認知件数よりも、どんなに多いのかは把握している。それなのになぜ「日本の性犯罪率は低い」と思わせるカラクリがあるのかは、また別途まとめる必要を感じるので、待ってください。


8/28追記:性犯罪率が低いと思わせられているのは、他国と法定義が全くといっていいほど違い、また被害後かけこめる機関が日本にはないためhttp://d.hatena.ne.jp/manysided/20090821/1250819132




たとえばプロのカメラマンが親、撮影対象はその子どもの場合、外から見て、親子関係が良好かだけどうかだけでは把握できない。
性虐待だけ行われている場合は、虐待の中でもっとも把握しづらいのだから。また芸術家という感覚は一般人とは違うことも考慮しなくてはならないだろう。



またカメラマンが第三者、撮影対象の子どもとその保護者が了承していても、それは性的な意味もわかっていないし、性的なものとして扱われるかどうかも微妙な場合、子どもが将来、性に関する知識を身につけてから、傷つくかどうかという点になるだろう。
売れるかどうかを重視して子どもを説得する親や製作者側が多いことを考えると、子どもは了承するだろうということを考えると、判断は難しい。このへんは、芸能界等の特有の問題だろう。



というわけで、芸能人の場合も、もちろん、4に入る。
「Santa Fe」が出てきたのも、そうだ。


そしてこれによって、騒動が大きく変な方向にずれていって「これはどうか」「これは?」「こっちもエロイ」という騒動になった。



で、私が本館の方で、当初のエントリをあげた次第。
→ 問題点を整理して考えないといけないのでは? 冤罪と暴力犯罪   (追記あり
  http://manysided.blog85.fc2.com/blog-entry-26.html
  ※ちなみに、この件で本館へのコメントはご遠慮願っていますので、よろしくお願いいたします。



本来、真っ先に取り締まられるべきは、1.2.3についてだろう。
4については、性虐待の実態を把握すること、虐待全体の実態を把握すること、そのうえで適切な対処がとれるよう施すこと。子どもへの虐待防止プログラム(CAPプログラム)を徹底すること、がまず先だろう。


CAPプログラムは子どもの違和感・感覚を大切にし、エンパワメントする、という視点でつくられたものだ。
日本には、森田ゆり氏が持ち込んで広めた。森田ゆり氏は、虐待、性虐待についてのスペシャリストだ。


大人は子どもの感覚を「気にしすぎ」「考えすぎ」と安易に否定するが、子どもは大人が考えている以上に実はいろんなことを感じ取っているものだ。その本来の感覚を尊重することで、「なんとなくの違和感」を感じ取ることができて、拒否できたり、助けを求めることにつながるだろう。大人がそれを邪魔してはいけないのだと思う。


<参考>
NPO法人 CAPセンター・JAPAN http://www.cap-j.net/
CAPの効果 http://www.cap-j.net/enquete/enquete_new.html


CAPプログラムを勉強することで、大人も子どもも意識が変わるはずだ。
かなり全国のあちこちで受けられるようだから、お子さんを持つ方は一度参加を検討されてはどうだろう。
個人的には、学校教育にとりいれてほしいと思っているくらい、役に立つのを感じる。身の安全を守るためだけではなく、自己否定感情をうえつけないことにもつながるし、いじめ等にも役に立つ。のびのびと生きやすくなると思う。

※ただし、CAPプログラムを受けたからといって、受けていないからといって、虐待や暴力やいじめに遭うことが子どもの責任だとは私は思っていない。本人は何も悪くない。ただ、人生の礎となる子どもの時期に学ぶことで、長い人生をエンパワメントする自己肯定感情も育つし、とても役に立つものだ、と言っている。




話を戻すが、
性的意図を持って撮影するのは、親であっても身近な知人であっても誰であっても、禁止するべきだ。


性的意図があると明らかに判断できるのは、子どもなのに、大人の「ポルノ」のような格好やポーズをさせていること、を基準にすれば、わりと明らかになると思う。
それだけでは、もちろん不十分なのは承知しているけれど、少なくとも、将来、深く傷つくことが容易に想像できる、と思うからだ。




あとは、合法出版物である、芸能人の写真集やプロのカメラマン等によるものについては、まず芸能界の事情を詳しく調査してからだろう、という気がする。
少なくとも、1、2、3ができてもいないのに、そこまで踏み込むのは、より混乱を招くだけだ。


過去所持については、取締りの対象とするのは非現実的だと思う。
性的意図なくとった写真等について規制するのであれば、お年寄りの家まで一軒一軒回って家捜ししなければならない。かなり非現実的だろうし、大変すぎる。



アニメ漫画等も、必要を感じない。
確かに日本の少女キャラクターの描かれ方はちょっと独特なものが多く、それを気味悪く思う他国の感覚は否定はできない。


だけれど、他国は、虐待についても性犯罪についても、日本より対処する機関もあるし法律もあることを考えると、そして日本は漫画アニメ文化の発祥の国であることを考えると、その感覚を今受け入れろと言われても無理だろう。



そんなことをするより、優先してやることがある。そして、それができていないからこそ、余計にコとがややこしくなっているのだと思う。日本は虐待・性暴力についての対処は、先進国としてはありえないくらい遅れている。(そのことはまた別途述べる)


だからこそ、他国との感覚が違いすぎるし、政治家がそれに無理に「合わせよう」として失敗しているのだ。ツケが回ってきている、ということだろう。



ここまで「性虐待画像・映像」自体を、整理して考えてみた。眠くて多少まとまりがない文章だとは思うけれど。


では、こうしたものを見たり所持したりするのはどういう人なのか、というのを考えてみたいと思う。
私はかなり真剣に、法改正のことも単純所持のことも考えているつもりだ。それによって迷惑を被る人たちのことも考えている。そのこともちゃんと書く予定。


私に「単純所持反対」「法改正反対」と言うのはご自由だけれど、ではそういう方たちは、真剣に、どうすれば性虐待をなくせるかを、考えてほしいと思う。



本館にも、こちらの別館にもコメントをくださった方も引き続きエントリをあげてくださっているので、ご紹介させていただきます。http://fumitakam.wordpress.com/2009/07/21/